[1st] 公開シンポジウム

食と環境―魚食文化による里海の保全と実践活動」

日時

2020年10月3日(土) 13:00~16:00

会場

愛知大学名古屋キャンパス
 (愛知県名古屋市中村区平池町4-60-6)

パネリスト

  • 鷲尾圭司(水産大学校)
  • 上田勝彦(東京海洋大学)
  • 野林厚志(国立民族学博物館)
  • 越智信也(神奈川大学日本常民文化研究所)

主旨説明 印南敏秀(愛知大学)

主旨

日本の魚食文化は、古くは縄文時代にさかのぼることができる。日本には貝塚が多数みられ、漁業技術も発達していたと発掘成果から読み解くことができる。やがて仏教思想が伝わって肉食が禁止され、神饌は魚介類が中心となっていった。平安時代の『延喜式』の記録では、西日本を中心に多くの魚介類と魚介類の加工品が都に届けられ、近世には魚介類は贈答品にも使われ、『毛吹草』 (1638)には諸国名物の魚介類と魚介類の加工品が紹介されている。同書には諸国名物の農産物も紹介するが、京野菜の産地である山城国を除くと圧倒的に魚介類が多い。魚介類の加工品が多いのはひとえに肉より保存が容易であったことに起因し、その伝統は現代にも続いている。このように日本人にとって魚食文化は重要な役割を果たしてきたにもかかわらず、近年、魚食文化の評価があまり高いとはいえない。

一つには日本の魚食文化についての総合的な調査研究が少ない。話題になるのは漁業なら大間のマグロ、食なら回転寿司ぐらいである。その背景にあるのは魚食文化の調査が儀礼食に偏っていたことに他ならない。柳田国男編『海村生活の研究』(昭和14年)で取り上げられている内容は多岐にわたるが、食は儀礼食が少し登場するにすぎず、古老が伝える儀礼や儀礼食に調査が集中する傾向がみられた。庶民が「生きるために食べた」イワシやイカについて調査されることはなかった。

魚食が盛んな日本は世界最大の漁業国でもあったことを忘れていないだろうか。日本近海で暖流と寒流がぶつかることで栄養豊富な魚介類が豊富にとれ、多くの郷土食が日本各地に生まれた。ところが高度経済成長期の人々の生活の変化や海洋汚染などで海と人の関わりが急速に薄れていった。スーパーマーケットに置かれる魚介類もグローバル化の影響で一年を通じて変化に乏しくなり、旬が感じられなくなった。海外での健康食ブームで魚食が注目され、魚介類の消費量が増大し、養殖魚が増えて効率的で低価格で提供されるようになった。世界の水産資源は漁業技術の発達や乱獲などでもはや限界を超えている。産業資本にとって都合のよい販売方法が、流通や漁業、海の利用のあり方にまで影響を与え始め、魚食が遠く離れた海の環境悪化に直結するようになった。

海がかかえる課題にいち早く気づいたのは高度経済成長期の漁村の人たちであった。漁民は皆、海水汚染や沿岸域の埋め立て、魚の奇形や漁獲量の減少を容易に見聞きし、体験してきたことであった。海に浮かぶ島国に住む日本人は海洋汚染や、それによる漁獲高の減少、魚食文化の衰退は無関心のままであった。また、現在の気象変動による海水温の上昇やマイクロプラスチックゴミなどの海洋汚染などもあり、世界規模で取り組まなければならない。それでも魚食を好む日本人として美味しい魚をこれからも食べ、魚が群れているきれいな里海をながめていたい。そのために市民でもできる活動の一つとして生産性の高い干潟の保全や稚魚がむれる藻場の管理などがある。

現在の日本の伝統的な魚食文化は細々ながらも高度経済成長以後も地域で継承されてきたものである。たとえば、福井のヘシコは成分の科学分析で健康食と認められ、産業化してまちおこしに貢献しているし、イカナゴのくぎ煮は、養殖魚の餌であったものを漁師料理に学び加工食品にすることで資源保護に役立っている。また、発酵技術の活用で産業廃棄物として捨てていた水産加工品のゴミを魚醤にかえた例もある。このように伝統的な魚食文化を現代社会に蘇らせ、新たな価値を生み出す動きは始まったばかりである。

現在、日本「食」と「環境」は大転換期を迎えている。食と環境のシンポジウムは多いが、より具体的な魚食文化への討論をとおして日本の里海の課題を明確にし、伝統的な生活文化の継承や環境の保全についてどのように実践すればよいのかを見つめなおす機会を作り出したいと考えた。2013年に「和食=日本人の伝統的な食文化」が世界無形文化遺産に登録された。世界遺産への登録は、日本料理が世界的に高く評価されたことによるが、一方で家庭料理や地域食の崩壊をなんとか回避して継承しようとする側面もあった。

伝統的な里海の多様な価値を再評価し、アイデアを出しあい、身近な海里山の原点を見つめなおし、生きるための食や環境を考え、新たな実践につなげてゆくことが必要であり、議論を深めていきたいと考えている。